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あしがるほうこう

足軽奉公

山本 周五郎

「講談雑誌」博文館、1945(昭和20)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,949 字 · 28 页

青空文庫

すでに父母は亡く、兄妹ふたり暮しの寂しい家に、その日ばかりは仲のよい横井鉄之助が客に来る、……殊にこの頃では、鉄之助と汀のあいだに親しさが濃くなり、

「嫁に欲しい」

「差上げましょう」

と云い交わす折の近いことを、殆ど互いに諒解し合っていたから、この日は兄妹にとって心から待たれるものだったのである。

大試合の忙しさで自分も忘れていたくらいだから、鉄之助も気づかずにいるかも知れない、そう思って横井の屋敷を訪ねると、――まだ下城していない、ということだった。

「試合のあと槇山正左衛門どので祝宴があると申していた、おそらくまだ、そこにおるのであろう」

そういう返辞なので、すぐ近所にある槇山邸へまわってみた。槇山正左衛門は番頭を勤める老人で、つねづね若い者を好み、槍術が達者だということから藤六もしばしば会ったことがある。……取次ぎを頼むと、

「いま広間で無礼講をやっている、庭からまわってじかに呼ぶがよい」

と云われた。時どき来て馴れてもいたし、云われるままに内庭のほうへまわってゆくと、中の木戸をはいったところで、ばかげた高笑いと、酔に乗じた罵り声がかれの耳をうった。