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のわき
野分
山本 周五郎
「講談雑誌」博文館、1946(昭和21)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,401 字 · 42 页
がありそうだ、だから近いうちにきっと屋敷を出ていらっしゃるに違いない、そのときの足しにと思って、おらあ黙ってお預かりしているんだ」
「それが本当なら……」お紋はふと胸のときめきを覚えた。もし若さまがお屋敷を出て、自分たちと同じ町住居をなさるとしたら、……繁しげ訪れて来る又三郎の存在はいつかお紋の心に一つの感情をめざめさせていた、その年頃の描かせる夢のようにおぼろげな、そして、「身分ちがい」という動かし難い垣を隔てた、はかないあこがれにはすぎなかったが、新しい雪のように柔らかく清らかに彼女の胸を満たしていた。そして今、又三郎が侍の身分を棄てるだろうと聞いたとき、そのおぼろげな感情がにわかにはっきりとかたちを顕わすように思えたのだ。
「あたしお店をやめようかしら」お紋は暫くしてなにか思い惑ったように云った。
「……ねえお祖父さん、お針も習いたいし、仮名の読み書きぐらいお稽古もしたいし」
「そうだな、そのうち若さまにも御相談してみるとしよう」
こうして次ぎに又三郎が来たとき、お紋は蔦萬をやめることにきまった。お紋の心に愛情が育っていたと同じように、彼もまたお紋に心を惹かれていた。