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のわき

野分

山本 周五郎

「講談雑誌」博文館、1946(昭和21)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,401 字 · 42 页

青空文庫

又三郎はそこでふと言葉を切った。

きょうは約束の日である。蔦萬の二階の馴染の部屋で、藤七とおちあって半刻あまり、運ばれて来た酒肴にも殆んど手をつけず、苦いものを飲むような調子でここまで語ってきたが、彼の舌はいよいよ重く、調子はますます沈むばかりだった、「……だが会ってみると、やっぱり親子の情などは感じられなかった」と彼はしずかに言葉を継いだ。

「もちろんそれはそれでいい、おれはすぐに云いたいことを云った、跡目に直ることは云うまでもない、さっぱりと武士をやめて町人になるということを、爺さんのことも云った、お紋のことも隠さずに云った、そして人間らしく正直に、つつましく生きたいということを」

又三郎はそこで眼をつむった。そのときの父の顔がありありと思い浮んだのである、六十三歳になる正陟はもう髪も白く、皮膚のたるんだ頬にも、緊りのなくなった唇つきにも、もの憂げな、力のないまなざしにも、年齢より遙かに老衰の色が甚だしかった。……又三郎の云うことを聞き終ると、正陟は、「みな遠慮せよ」と、侍臣をすべて遠ざけ、こちらへ寄れと又三郎を身近に招いた。

――おまえの云うことはよくわかった。