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のわき
野分
山本 周五郎
「講談雑誌」博文館、1946(昭和21)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,401 字 · 42 页
能登守は眠たげな調子で、こう云った。
――武家の生活には冒険も夢も理想もない。伝統を守り、扶持に縛られ、非人情な規矩に従い、自分というものを無にして、奉公に一生を終る、まことに人間としては苦しい生き方だ、……然し又三郎、いかに苦しく、徒労のようにみえても、武家生活は在るのだ、領民の生命財産を保護し、世の中の秩序を守るためには、武家は無くてはならぬだろう、……おまえの望む人間らしい生き方、自分で稼いで妻子をやしない、寝起きも飲み食いも自由に、肩腰の楽な生き方、それは誰しも望むところに違いない、そうすることができさえしたら。
正陟の眠たげな調子がそこで変った、糸のように細かった眼がきらりと光り、たるんでいた頬がぴくぴくと痙攣った。そして片手でまるい膝頭を撫でながら、なにか告白するような口ぶりでこう云った。
――だが、農工商の生活が安穏に、自由に営まれ、世を泰平に持続するためには、冒険も夢も自分の理想も棄て、厳しい規矩のなかで一生を公のために捧げる者が無くてはならない、いつか世の中が変ってこういう責任を四民が平等に負うような時代が来るかも知れない、然しそれまでは誰かがその責を負わなくてはならぬ……又三郎、おれの顔をよく見るがいい。