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のわき

野分

山本 周五郎

「講談雑誌」博文館、1946(昭和21)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,401 字 · 42 页

青空文庫

正陟はぐっと上半身を前へのり出した。

おまえの知っているその藤七とか申す老人は、七十幾歳になるということだが、六十三のこのおれとどちらが若くみえる、この白髪、この皺たるんだ皮、どちらが多く老衰してみえるか。

「どうしてこのように老衰したかは云うまい、然しこのような父を棄て、苦しい退屈な勤めに一生を捧げる武家生活を見限って、自分だけ人間らしい自由な生き方へ奔る、それでおまえは満足できると思うか、……そう云われたとき、おれがどのように感じたか、爺さんには察しがつくだろう」又三郎はこう云って藤七の前に頭を垂れた、「……自分だけそういう世界から逃げだす、自分だけ、いやできない、おれは戸沢家の世子になる覚悟をきめた、爺さん、わかって呉れるか」

さっきから膝を見おろしたまま黙っていた老人は、かすかに頷きながら、拳でそっと眼をこすった。又三郎は冷えた盃をとり、眉をひそめながらくっと呷った。

「これでおれの夢は消えてしまった、然しまだ一つだけ残っている、それはお紋だ、気兼のない裏店に住んで、爺さんとお紋と水入らずで、夏は肌脱ぎ冬は炬燵で、気ままな暮しをする積りだった、それはできなくなった、堅くるしい屋敷住いで、気も詰ろうし可笑しくもなかろうが、おれの唯一つの夢なんだ、爺さん、お紋を又三郎の妻に貰えないか」