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のわき
野分
山本 周五郎
「講談雑誌」博文館、1946(昭和21)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,401 字 · 42 页
でも、若さまがお屋敷のお世継ぎになったということは聞かなかった、奥方にはできないが、本当の妻として生涯変るまいという言葉も。
「あんたが此処にいるって、若さまに申上げてもいいでしょう」別れるときお糸がそう云った、「どんなにおよろこびなさるか、見えるようだわ、そしてもういちど二人で、よくお話してごらんなさいよ、お礼はあとでたくさん頂くわ」
然しお紋はまるで聞いていなかった。別れの挨拶もうわのそらで、三人の遠ざかってゆく姿が野道のかなたへ見えなくなっても、喪心したようにそこへ棒立になっていた。そのうしろへ、藤七がそっと近づいて来た。すぐ向うの樹蔭で、植木に霜除けをしていた老人は、いまの話を残らず聞いてしまったのだ。
「お紋……」こう呼んだまま、藤七は孫娘の前にその頭を低く垂れた。
お紋はびくっと身震いをしてふり返った。そして頭を垂れたお祖父さんの姿を見、その頬に涙の条が光っているのを見た。なにを疑うことがあろう、お紋はすべてが事実だということを知った。
「お祖父さん、聞いていたのね」
「ああ、……そして、みんな本当なんだ」
「なぜ、なぜ、お祖父さん」お紋はひき絞るように叫んだ、「……なぜなのお祖父さん、あたし若さまが好きだったのよ、若さまの気持さえ本当なら、お部屋さまだってよかった、一生お側で暮せるならお端下にだって