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きんぎょはしんでいた
金魚は死んでいた
大下 宇陀児
「宝石九月号」岩谷書店、1954(昭和29)年9月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,514 字 · 22 页
一
一
「おやおや、惜しいことしちまつたな」
思わず口から出たひとりごとだつたが、それを聞きとがめた井口警部が、ふりむいて、
「なんだい。何が惜しいことしたんだね」
というと平松刑事が、さすがに顔を赤らめひどく困つた眼つきになつて、
「いえ……その……金魚ですよ。こいつは三匹ともかなり上等のランチュウです。死んでしまつているから、どうも惜しいことしたと思いまして」
と答えたから、捜査の連中も鑑識の連中もあぶなくぷッと吹きだすところだつた。
眼の前に、人間の死体があつた。
庭先きの土の中に、大ぶりな瀬戸物の金魚鉢が、ふちのところまでいけこんであつて、その鉢のそばで、セルの和服を着、片足にだけ庭下駄をつつかけた人間の死体が、地べたに這いつくばつている。
のちにわかつたが、死の原因は青酸加里による毒殺だつた。死体の両手がつきのばされて、鉢のふちに掴みかかろうという恰好をしている。多分被害者は、苦しみもがき、金魚鉢のところまで這いよつてきて、口をゆすぐか、または、鉢の中の水を飲もうとしたのだろう。その時、まだ口に残つていた毒が水中へしたたりおちたために、金魚も死んだのだと思われる。