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はちのき
鉢の木
山本 周五郎
「講談雑誌」博文館、1944(昭和19)年6月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,534 字 · 28 页
「…………」萩尾ははっと面を伏せた、やわらかい豊かな、匂やかな胸が波をうち、盃を持つ手が微かに顫えた、「兄からは新しく申すことはない、佐伯家は由緒ある御家系だと聞いている、小身者のむすめだと嗤われぬよう、心をこめてお仕え申せ、女のつとめもまた命がけだぞ、忘れるな」「はい……」「佐伯どのふつつか者だ、おたのみ申す」四郎兵衛はそう云って低頭した。
かための盃が終ると、又左衛門は扇子をとりだして坐り直した、「ふたしなみだが祝儀を申そう」そして膝を打ちながら、さびのある美しい声調でしずかに鉢の木を謡いだした。「……かようにおちぶれては候えども、御らん候え、是に物具一領、なぎなたひとえだ、又あれに馬をも一疋つないで持ちて候、唯今にてもあれ鎌倉におん大事あらば……」「ちぎれたりとも此の具足」と四郎兵衛がそれに和して謡いながら立った。廃屋の四壁に燈火の色は暗かったが、鎧って立った四郎兵衛の姿と、うちつれて謡う朗々たる声とは、四隅の暗がりを吹き払って赫耀たる光りが漲りわたるように思えた、「ちぎれたりとも此の具足とって投げかけ、錆びたりとも長刀を持ち、痩せたりともあの馬に乗り、一番にはせ参じ」