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なべしまかいのかみ
鍋島甲斐守
吉川 英治
「オール讀物」文藝春秋、1936(昭和11)年9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,322 字 · 23 页
案のじょうそこへ入ると、薄ぐらい明りのさす門口で、養父の声がしていた。
『弱りましたな、御都合は百も二百も御尤でございますが、手前のほうも、渡世でして、そうはお待ちができません。――証書の表どおり、お預りしてある後藤彫の目貫は、他へ売払いに出しますから、どうかおふくみ願いたいもので』
決して怒ったことのない彦兵衛であった。こういう最後へ来ても、顔いろや声に感情を出してはいない。
手をつかえているのは、人品はいやしくないが、縒々になった帷子を着て、貧しげな前差一本を帯びた浪人で、彦兵衛よりは年もずっと老っている民谷銀左衛門であった。
『あれを売られては困り入る。せめて、もう二月ほどの御猶予を』
『でも証文の表には、期限までに返済しない時には、何時でもお払い下されてさしつかえないとありますが』
『実は……実はその……申し難いがあれは他人の品で、その方の推挙に依って、近いうちに、仕官のほうの話も纒まろうと成っているところ、伜新之助も、唯今ちょうどそのお宅へ伺っておる所故、せめて、せがれの戻る迄――』
『御尤ですが、期限はきのうで切れているので』
『でも、きのうの今日では、あまりといえば』