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なべしまかいのかみ

鍋島甲斐守

吉川 英治

「オール讀物」文藝春秋、1936(昭和11)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,322 字 · 23 页

青空文庫

一

一

問う者が、

(世の中に何がいちばん多いか)

と訊いたところ、答える者が、

(それは人間でしょう)

と、云った。

問う者が又、重ねて、

(では、世の中に何がいちばん少いか)

すると、答える者が、

(それも人間でしょう)

と、云ったという話がある。

江戸町奉行の鍋島甲斐守は、いつもその話を思い出して、その人間の中でもいちばん多いものは悪人ではなかろうかと思い、白洲に出るたび、人間に嫌悪を感じ、常に、不幸な職に就いたものだと、人に語っていた。

捕まえても捕まえても、街に罪悪は絶えないし、白洲は悪人を迎える事で、夜が明ると忙しかった。――いや、かえって、捕まえれば捕まえる程、意地わるく悪人の数が殖えるような気もちすらして来る。

『もう伝馬牢には入りきれません。牢普請でもしていただかなければ――』

下役が悲鳴をあげて、こう訴えるほど、甲斐守は、職務に精励した事もあった。

ではそれだけ、街にその時悪人が減っていたかというと、盛り場の事件も、岡場所の情痴沙汰も、夜盗も、強請も、人殺しも、文政末期の世間には相変らず瓦版が賑わって、江戸の街はすこしも澄んで来たとは見えない。