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なべしまかいのかみ
鍋島甲斐守
吉川 英治
「オール讀物」文藝春秋、1936(昭和11)年9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,322 字 · 23 页
二
『これあいかん』
一時は、職を辞めようかと甲斐守は思った位であった。――然し、それは在職中の二年目ぐらい迄で、四、五年もたつと、彼の考え方はちがって来た。
『よくよく思うに、世の中に、ほんとの悪人などは一人もない』
と、人にも語り、自分もふかく信念していた。
『法然上人のようなお方ですら、御自身、十悪の凡夫だと云っておられる。親鸞上人は又――善人なおもて往生を遂ぐ、いわんや悪人をや――とすら明言しているのではないか。その心で観れば、世の中に悪人はいない筈だ。むしろ奉行所が無理に悪人をこしらえているに等しい』
それから後、甲斐守はたいへん気が軽くなった。彼は法令を、人間の善美を活かすために用いるように心がけた。そして彼は、法然上人の念仏にふかく帰依して、この転機を職の心に与えてくれた宗教に絶対の信仰をもち、社会政策と宗教とを一体にして、自分の管下を、この世の浄土にしなければならないと考えていたのである。
二
その甲斐守が、きょうは吟味所で、めったにない怒り方を示し、大喝していた。
『だまれっ。――最前から、何を訊ねても、ただ御尤で、御尤で、とばかり申し居って、それでは一向に量見が、わからんではないか。