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なべしまかいのかみ
鍋島甲斐守
吉川 英治
「オール讀物」文藝春秋、1936(昭和11)年9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,322 字 · 23 页
三
それではまるで、あなたが半田屋へ金を貸しているような形になるではございませぬか。ただ今の御相談は、彦兵衛にはおうけできませぬ。どうか、貸してある金は、私の物だということを、もう一応お考え下さいますように』
(憎いやつだ)
と、甲斐守は私情をうごかさずに居られなかった。
書記の机のほうを見て、
『証文を、もいちど見せい』
膝へそれを取寄せて、甲斐守は、少しでも半田屋の有利になるような点をさがそうとした。けれど、証文の文言には、針ほどの穴もなかった。
旧主に貸した金は証書どおりに取立てることを得ない――と云う法令はないのである。むしろ法令は債権者を守ってやる立場にすらある。甲斐守は、法令の代行者である自分をきょう程、無力に感じたことはなかった。
三
半田屋というのは、日本橋の田所町で老舗の漆問屋だった。漆光りになった黒い四方柱が何本も目につくほど広い構えで、店土蔵と母屋土蔵とで四棟もあった。
彦兵衛は元、漆の産地からそこへ雇われて来た越中者で、毎日店頭で、他の者と並んで日向で漆掻をしていたものである。
それから廿年後になると、漆掻の彦兵衛は、小網町で金貸になっていた。