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いんじゅう
陰獣
江戸川 乱歩
「新青年」博文館、1928(昭和3)年8月増刊~10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 66,968 字 · 131 页
私は、夫をなくしても変えようともしない、彼女の好きな丸髷の匂やかに艶々しく輝いているのを見ると、直ぐ様、その髷がガックリとして、前髪がひしゃげた様に乱れて、ネットリしたおくれ毛が、首筋の辺にまきついている、あのみだらがましき姿を目に浮べないではいられなかった。彼女はその隠家から帰る時には、乱れた髪をときつけるのに、鏡の前で三十分も費すのが常であったから。
「この間、灰汁洗い屋のことを、態々聞きに戻っていらしったのは、どうしたんですの。あなたの慌て様ったらなかったのね。あたし、どういう訳だかと、考えて見たんですけど、分りませんのよ」
私が入って行くと、静子は直ぐそんなことを聞いた。
「分らない? あなたには」私は洋服の上衣を脱ぎながら答えた「大変なことなんだよ。僕は大間違いをやっていたのさ。天井を洗ったのが十二月の末で、小山田さんの手袋の釦のとれたのがそれより一月以上も前なんですよ。だって、あの運転手に手袋をやったのが十一月の二十八日だって云うから、釦のとれたのはその以前にきまっているんだからね。順序がまるであべこべなんですよ」
「まあ」と静子は非常に驚いた様子であったが、まだはっきりとは事情がのみ込めぬらしく「でも、天井裏へ落ちたのは、釦がとれたよりはあとなんでしょう」