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あおくさ

青草

十一谷 義三郎

「文芸時代」1924(大正13)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,645 字 · 14 页

青空文庫

小学校を出ると、弟は、父の意志で、それへ毎日やらされることとなった。彼はそこで新しい酒樽の木の香を嗅いだり、褌一つで、火の入った酒の焚き出しを手伝ったりした。彼の肉体にはぐんぐん力がはいってきた。そして真白なその肌は、そこに働いている男たちの評判になった。

歌津子は県立の女学校へ通っていた。学校でやった縫物を持ってきたり、リーダを抱えて兄の部屋へはいってゆくことがたびたびあった。弟は時おり彼らの会話に耳をすました。それから探るように彼女の眼を見た。彼女の物を言う時の口つきとか柔かい膨らみを示した手とか、彼女から発するあらゆる微細な表情がいちいち彼を懼れしめるようになった。彼はこっそりと教会へ通った。

ある夏の夕方、三人はテンマに乗って海へ出た。弟が櫂を握っていた。兄と彼女とが並んで彼の方を向いて掛けていた。艪臍の鳴る音と胴が波を噛む音とに遮られて、彼らの会話は弟の耳へは達しなかった。しかし弟は、白暮の冷い光りの中に浮びでている二つの顔に、じいっと神経をたてた。

あたりに舟は一艘もいなかった。弟は裸になった。

「どこまで出るの?」と彼女が訊いた。それには答えないで、弟は力限り漕いだ。