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かぜ

風

壺井 栄

「文芸」1954(昭和29)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 38,702 字 · 78 页

青空文庫

」

修造はガラス戸のネジかぎをはずし、原っぱのまん中で、両手をラッパにしている男女にむかって、手をあげた。わあっと笑い声と一しょにかけてくる背の高い男は、この寒空の下で素足の肌を股のあたりまで見せながら、長髪をゆさゆささせて走ってくる。女は少女のように小さく、ふたりは子供のように手をつないで走ってくる。ことに扶佐子は無邪気に笑いさざめきながら、

「Nさんてひどいわ。自分のコンパスで走るんだもん、手がぬけそうだったわ。」

そして茂緒にむかっても、十年の知己のような、なれなれしさで話しかけた。

「お祝いにきたのよ。井村さん、オブラート工場のすぐそばだっていうからさ、ずいぶん、探しちゃった。交番できいたって、昨日越してきた人、わかんないのよ。」

それで、原っぱのまん中で四方へメガホンを向けていたというのである。扶佐子はその自分の思いつきをうれしがって、

「Nさんたらさ、気ちがいとまちがえられるって、怒ったのよ。でも、よかったじゃないの、ねえ。」

Nはふきげんな顔で、扶佐子をちらっとにらんだ。蒼白なやせたその顔には、妻を歯牙にもかけないごうまんさと、人間的な冷酷さがみなぎっているように見えた。