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かぜ

風

壺井 栄

「文芸」1954(昭和29)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 38,702 字 · 78 页

青空文庫

六

「しかしぼくは、ちっとも井村に追随なんてしませんからね。アナキストには、ロクな奴はいない。ありゃ、人間の屑ですよ。」

茂緒はその鴨居にとどきそうな倉島の後姿に歯をかんだ。そしてぷいと外に出た。それしか、もう意志表示ができなかった。

六

住みなれた家に落ちつくなどということを極端に軽蔑しているような人たちばかりだった。太子堂の森かげに移ってきた詩人は、森にあきてひとりずつ去りはじめた。その去り方もまた、一様でなかった。まず扶佐子夫婦が夜逃げをするという。家賃をためていたからでもあるが、それでまた新しい気分にもなれることに期待しているらしく、扶佐子もNもうきうきとしていた。例によって支度は早かった。夜逃げとはいっても、午後四時ごろに彼らは出発した。うしろ鉢巻のNが大八車を引っぱり、手ぬぐいをかぶった扶佐子が後押しをした。井村もIも、さすがに家主への遠慮からついてはゆかなかったが、ゆく先はもちろん知っていた。森を出はずれるころ、扶佐子はふりかえって手をふり、ベロを出して笑った。きちんと鍵をかけて出かけたので、それから三日後の月末になって家主はようやく気づいた。