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かぜ

風

壺井 栄

「文芸」1954(昭和29)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 38,702 字 · 78 页

青空文庫

三

大正十四年二月二十日の夜はしんしんと冷え、火鉢さえもないその寒さはいっそうふたりをより添わせた。

三

新家庭の第一日の朝を、茂緒はやはり田舎にいたときのまま六時に目をさました。六時かどうか時計のない今はわからないのだが、お勤め人らしい、たった一軒のおとなりさんが起きだしたことでそれと察した。日もまだ出ていない。雨戸のない家の中はもう明かるかった。軽いいびきをかいている修造のそばをぬけだすと、彼女はいつものとおりきちんと帯をしめ、長い袂を八つ口に入れた。鏡のない部屋で手早く髪をゆい、隣りの細君のいないところを見て井戸ばたにゆくと、隣家の若い細君はとびだしてきて、朝のあいさつと一しょに引っこしそばの礼をいった。そば券をもってあいさつにゆくことなど知るはずもなく、おそくなってから修造が気づいて、そばやに届けさせたのだった。だから茂緒は、はじめて言葉をかわしたのだ。

「あのう、田舎者でございますから、どうぞよろしく。」

白いエプロンの細君の前で、八つ口から袂を出して頭をさげながら、まずエプロンを作ろうと茂緒は考えていた。井戸ばたから勝手口までの道は、霜柱がとけてぬかったのが、そのまま凍てついて、でこぼこしていた。