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かぜ
風
壺井 栄
「文芸」1954(昭和29)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 38,702 字 · 78 页
」
金があると上きげんになって、裸の扶佐子を肩車にのせて部屋中歩きまわったりすることもあるのだった。扶佐子はいつまでも帰らなかった。そしてNが出かけてゆくのを見て、帰っていった。その夜、茂緒は修造を出迎えに、停留所までいった。雨がふってきたからだった。修造はなかなか帰ってこず、そのうちに雨はしだいにやんできた。せっかくだからと待っていると、多枝が片手で雨をうけながら下りてきた。白粉をこくつけ、髪をコテでちぢらせた多枝の姿はいつもの多枝ではなく、疲れた顔をしていた。
「井村さん、おむかえ。」
首をかしげて、にっこり笑う。茂緒はなんとなく照れて、
「ええ、降りだしたもんですから。でも、もうやみそうですから、あなたと一しょに帰るわ。」
歩きだすと多枝は、あまりものもいわずうつむいていたが、別れる少しまえに、
「お米、おかえししないでごめんなさい。――井村さんは、いいわね。――わたしは、Iと別れる気なんか、ないんですよ。落ちつきたいのよ。」
きれぎれの言葉ではあったが、茂緒にはのみこめる気がした。扶佐子にしろ、多枝にしろ、夫たちばかりか、その夫の友だちからまで不当な扱いをうけているのを、茂緒は感じていた。