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かぜ
風
壺井 栄
「文芸」1954(昭和29)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 38,702 字 · 78 页
地蔵さまのそばまでくると、人だかりの中でバイオリンをもった艶歌師が流行おくれの枯すすきをなげやりに歌っているのが見えた。細君らしい小さな女がそのわきに控えている。待っていれば彼女も歌いだすのかもしれなかった。
茂緒は、ふっと扶佐子を思いだし、急ぎ足になった。
「扶佐子さんたち、どうしてるでしょうね。」
修造もそんなことを思っていたらしく、
「彼女たちは、よかったよ、とにかく。」
引っこしていってからの彼女たちは、ふたりとも、相談したように夫婦別れをし、ひところ一しょに間借りをしていると聞いていた。まもなく多枝の小説がプロレタリア文学雑誌に掲載され好評だった。同じ雑誌に倉島の小説も、はじめは修造の紹介でのり、つぎつぎと発表されて、倉島はもうゆるがぬ地位を一歩一歩と固めていた。そうしたことは、修造にとっても茂緒にとっても、人びとの前では同郷のつながりや、幼な友だちの立場で自慢になったが、一方また何となくとり残されたような寂しい思いもあった。あのあとすぐ妻を迎えて上京した倉島は、中野に新居を見つけるまで茂緒の家にいたのだが、越したきり再び訪ねてはこなかった。