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こくしかんさつじんじけん
黒死館殺人事件
小栗 虫太郎
「新青年」博文館、1934(昭和9)年4月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 296,741 字 · 584 页
つまり、その扉を鎖させなかった技巧というのが、この館の精神生活の一部をなすものなんだ。庁へ帰ってからグロース(註)でも見れば、それで何もかも判ってしまうのだよ」
(註)法水がグロースと云ったのは、「予審判事要覧」中の犯人職業的習性の章で、アッペルトの「犯罪の秘密」から引いた一例だと思う。以前召使だった靴型工の一犯人が、ある銀行家の一室に忍び入り、その室と寝室との間の扉を鎖さしめないために、あらかじめ閂穴の中に巧妙に細工した三稜柱形の木片を插入して置く。それがために銀行家は、就寝前に鍵を下そうとしても閂が動かないので、すでに閉じたものと錯覚を起し、犯人の計画はまんまと成功せしと云う。
法水があえて再言しようとはせず、そのまま不可避的なものとして放棄してしまったことは、平生検討的な彼を知る二人によると、異常な驚愕に違いないのだった。が畢竟するところ、この事件の深さと神秘を、彼が書庫において測り得た結果であると云えよう。検事は再び法水の粋人的な訊問態度をなじりかかった。
「僕はレヴェズじゃないがね。君にやってもらいたいのは、もう動作劇だけなんだ。ああいう恋愛詩人趣味の唱合戦はいい加減にして、そろそろクリヴォフ夫人がそれとなしに仄めかした、旗太郎の幽霊を吟味しようじゃないか」