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こくしかんさつじんじけん
黒死館殺人事件
小栗 虫太郎
「新青年」博文館、1934(昭和9)年4月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 296,741 字 · 584 页
と云い掛けて、衣袋から符帳と鍵を突き出した。そして、それを粗暴な手附でガチャリと卓上に置いた。「いかがです法水さん、機智や飄逸では、あの扉は開けられんでしょうからな。それとも、熔鉄剤でしょうか。いやとにかく、貴方がああいう奇言をお吐きになるには、無論相当な論拠がおありの上でしょう」
法水は烟の輪を天井に吐いて、嘯くように云った。
「いや、実に奇妙な事です。実際今日の僕は、糸とか線とかいうものにひどく運命づけられていましてな。つまり、あの時もまた切れなかったということが、遺言書の内容を失わせた原因だと信じているのですよ」
法水の意中に潜んでいるものは、漠として判らなかったけれども、それを聴いた博士は、総身を感電したように戦かせて、何か或る一事のため、法水にまったく圧倒されてしまったように思われた。そして、血の気の失せた顔を硬張らせて、しばらく黙念に耽っていたが、やがて立ち上ると、悲壮な決意を泛べて云った。
「よろしい。貴方の誤信を解くためにはやむを得んことです。儂は先主との約束を破って、今日ここに遺言書を開きましょう」
それから、二人が戻ってくるまでの間は、誰一人声を発する者がなかった。