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こくしかんさつじんじけん
黒死館殺人事件
小栗 虫太郎
「新青年」博文館、1934(昭和9)年4月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 296,741 字 · 584 页
しかも、伸子を倒し、また、廻転椅子にも疑問を止めた原因と云うのは、その激烈な唸りに加えて、もう一つ、伸子の内耳にもあったのだ。事実先刻の陳述は、それを語り尽してあますところがなかったのだよ」
「冗談じゃない。あの女は、右の方に倒れたのを記憶していると云っているぜ。しかし、当時の伸子の姿勢は、左の方へ廻転した跡を残しているのだ」と熊城が聴き咎めると、法水はおもむろに莨に火を点じてから、相手に微笑を投げた。
「ところが熊城君、ヘガール(独逸の犯罪精神病学者、バーデンの国立病院医員)の類例集の中には、四つ角で衝突したヒステリー患者が、その側を反対に陳述したという報告が載っている。事実そのとおりで、発作中にうけた感覚は、その反対の側に現われるものなんだよ。しかし、この場合問題と云うのは、けっしてその一つばかりではない。もう一つ、やはり発作中には、聴覚が一方の耳に偏してしまう――という徴候にもあったのだ。そして、伸子にはそれが右の耳にあったので、扉を鎖された瞬間起ったあの猛烈な唸り――。ほとんど音が意識出来ないほど、むしろ器官の限度を超絶したものが襲い掛ってきて、それが内耳に、燃え上るような衝を起したのだよ。