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あすなろう
あすなろう
山本 周五郎
「小説新潮」新潮社、1960(昭和33)年8月~9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,925 字 · 41 页
板場では二人の喚く声がし、店の客たちは固くなって、それぞれの飯台に向ったまま、しんと息をころしていた。目明しふうの男は政の側へ来、彼の肩を十手で押え、「動くなよ」と云って、板場へはいっていった。
「金さんだいじょぶよ」と小女の一人が、あとから来た二人伴れの客の一人に云った、「あんたふるえてるじゃないの、飲んでたってだいじょぶよ」
「おれがふるえてるか」
「ふるえてるわよ」と他の小女も云い、小さな肩をすくめて含み笑いをした、「そら見なさい、お猪口が持てないじゃないさ」
客の伴れが笑って云った、「ふるえるのは金公の持病だ、酒の中毒でな、酔えばすぐにおさまるんだ、なあ」
「よしゃあがれ」金公と呼ばれた男が云った、「おらあふるえてなんぞいやあしねえや」
政は飯台に凭れたまま、そっと自分の両手を見た。顔には血のけがなかったし、手指はひどくふるえていた。指をひろげると、右手の中指と薬指とが、ふるえのために触れあうほどであった。
板場は静かになっていた。裏手のほうで三度ばかり呼子笛が聞えたが、三度めのはかなり遠く、そのあとは聞えなかった。客たちがほっとすると、仕切の繩暖簾から、この店のあるじが顔を出して、「お騒がせしまして済みません」