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あすなろう

あすなろう

山本 周五郎

「小説新潮」新潮社、1960(昭和33)年8月~9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,925 字 · 41 页

青空文庫

とおじぎをした。

「どうぞ召上っておくんなさい、もうそうぞうしいこともないでしょうから」

「いまの男はどうした」と三人伴れの客の一人が訊いた、「うまく捉まったか」

「どうですかね」とあるじが答えた、「なにしろすばしっこい男で、あっしの脇をぬけて裏口へ出ていったんだが、まるっきり煙でもながれてくようなあんばいでしたよ」

「帰ってもいいのかな」と向うから客の一人が云った。

「済みませんが待っておくんなさい」とあるじが云った、「誰も動かすんじゃあねえって云ってましたから、どうかもうちょっとそのままでいておくんなさい」

そして、もういちどおじぎをして、あるじは板場へ戻った。

「ひでえめにあうぜ」と客の一人が云った、「人間なんてどこでどんなめにあうかしれたもんじゃあねえ、嬶の親類が来ていて、今夜はおらあもうけえっていなくちゃあいけねえんだ」

「また始めやあがる」とその伴れの一人が云った、「こいつは口を開けば嬶だ、どうしてそんなに嬶が気になるんだ」

「気になるなんてなまやさしいもんじゃねえ」と他の一人が云った、「こいつはかみさんに惚れてやがるんだ、いっしょになって十年の余も経つてえのによ、いやなやつさ」