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あのかお

あの顔

大倉 燁子

「ロック 三巻六号」1948(昭和23)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,009 字 · 22 页

青空文庫

ややしばらくしてから、婦人は低い声で、

「お願いがあって、突然上りまして」と云って、面を伏せた。

「神父様の御紹介状にはただお名前だけしか書いてありません、委しい事は御当人から直接訊いてくれ、と、ありますが――」

「はい。私はある小さな会社の重役をつとめている者の妻でございます。思いあまったことがありまして、教会へ告白にまいりましたところ、神父様が、先生にお縋りしてみよと仰しゃいましたので、恥を忍んでまいりました」と、割合にはっきりした口調で云って、はじめて顔を上げ、正面から彼を見た。その顔をじいと見ていた博士は、

「あッ、あなたは――」思わず愕きの叫び声をあげて、

「秋田さん秋田浪子さんじゃありませんか?」

「先生、よく覚えていて下さいました」と、彼女は淋しくほほ笑んだ。

「随分変られましたな、すっかりお見それしてしまった、川島さんだなどと仰しゃるもんだから、なおわからなかったんです」

「でも、私、川島へ再婚したんですの」

「秋田さんなら、何も御紹介状をお持ちになる必要もなかった」

「だって、もうお忘れになったろうと思って、――先生と御交際させて頂いていたのはもう二十年も音の事ですもの」