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いさましいはなし

いさましい話

山本 周五郎

「講談雑誌増刊号」博文館、1950(昭和25)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,835 字 · 73 页

青空文庫

「あなた、――」

松尾は苦痛を訴えるような声で、低くこう叫びながら顔を仰向けにした。すると解いた豊かな髪が、肩をすべってさらさらとその背へながれおちた。

明くる朝はひどい霧が巻いていた。

五時すぎに家を出た玄一郎はまっすぐに約束の場所へ向ったが、五六町もゆくと、霧のために着物の前や髪までが濡れた。――城下町を西にぬけると、道の片方は由利川に沿った街道になり、左へ曲ってゆくと、畑や苅田の間を通って観音寺山の丘へつき当る。霧で見えないのか、それとも時刻が早いためか、途中でも人に会わなかったし、耕地にも農夫の姿が見えなかった。

七十段ばかりの高い石段を登り、寺とは反対のほうへ、みごとな老杉の茂った森をぬけてゆくと、急にうちひらけた広い草地へ出る。端のほうに巨きな松が二本あるので、俗に、「二本松の丘」と呼ばれ、春秋には行楽の人で賑わうという話だ。

土地が高いので霧もそうひどくはない、玄一郎が草地へはいってゆくとかれらはすでに来ていて、いっせいにこちらへ振向いた。人数は昨日より多い、どうやら十五六人はいるようである。玄一郎はゆっくりした大股で、静かにそっちへ近づいていった。