轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
いわゆる「はんせい」はわれわれをすくうか
いわゆる「反省」は我々を救うか
岸田 国士
「知識人 第二巻第一号」1949(昭和24)年1月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,229 字 · 15 页
三
四
この「日本人的反省」の型は、あたかも時流に投じたように、ジャーナリズムの紙面にあふれ、街頭を流れる癇高い声となつた。
三
「反省」が行動の出発点とならず、つまり、同じ過ちを再び繰り返さぬための力として役立つことが稀であるということは、まさしく、われわれの「反省」の特質にちかいものである。それは、つねに、過去の決算のようなもの、ある行為の一ととおりの結末を意味するものだからである。そして、「反省」はなによりも自己を客観視する知的なはたらきにすぎないのに、そのはたらきに必要な以上の道徳的価値を与え、自己を省ることそのことが、なにか、独立した立派な行いででもあるような小学修身的俗見に支配されているからである。
乗物の中でひとに席を譲るのを道徳的行為だと教えられると、楽に席を譲る気がしなくなると同様に、「反省」などということが、あまり崇高な意味をもたされると、それを公に口にするものは照れ、それを度々聴かされるものは、うるさくなる。
四
われわれの「反省」は、しばしば、日本人独特の「卑下」のかたちをとることがある。「反省」がある行為の陰でそれを支えるのでなく、「反省」