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おごそかなかわき

おごそかな渇き

山本 周五郎

「朝日新聞日曜版」 1967(昭和42)年1月8日~2月26日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,042 字 · 71 页

青空文庫

もちろん彼はそんなことは口にしなかった。りつ子も興味はないのだろう、焼きむすびを噛みながら、両手をひろげて伸びをした。

「ああ、あったかいわ」とりつ子は云った、「峠ひとつ越しただけでこんなに違うのね」

「いまはね、でもこっちにも雪だって降るんだよ」

「でも涸沢とは風が違うわ」とりつ子は云った、「涸沢の風は針の刺さるようにひりひりするわ、でもこっちの風だって寒いけれど、針が刺さるようじゃないわ、あっ」

あっと云ってりつ子は川のほうを指さした。

「ほらほら、魚がいるわ」少女は指示した手を動かした、「ほら、あそこにも、あそこにもよ、あれなんの魚かしら」

「よくわからないけれど、たぶん鮠かなんかだろうね」

「はえっていうのね、知ってるわ」

「土地によってはえともはやとも云うらしい、夏になるまえには腹が赤くなるので、赤っ腹ともいうらしいね」

「どうしておなかが赤くなるの」

交尾期になるからである、と彼はすぐにはいえなかった。しかしそれは却って不自然だと思い、そのとおりに説明した。りつ子は少しも恥ずかしがらず、感心したように「ふうん」と云っただけであった。

「それまでは黒いだけなのね」