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このこをのこして

この子を残して

永井 隆

「この子を殘して」大日本雄辯会講談社、1948(昭和23)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 102,102 字 · 203 页

青空文庫

始業時刻が近づいたので、通る群れはひとしきり多くなった。乏しい原子野の子のこととて、きちんと身なりをととのえた子は少ない。しかし……

みんな、お母さんに手を引かれている! お母さんと楽しげに語り合ってゆく!

――それだった。カヤノは忘れていた事実を不意に思い出させられたのだった。

私は思わず毛布を引っ被った。……

ああ、門出のときから、すでにこの子はこんな冷たい風に吹きさらされるのか……。

しばらくして、上の学校から始業の鐘が鳴りひびいた。この鐘を聞くときをカヤノは半年も前から胸をふくらまして待っていたのに……。

私はそうっと毛布から顔を出した。あたりがうるんでいて、雨の日のガラス越しに見るように門のあたりがぼうっとかすんでいた。カヤノはまだそこに立ちすくんでいた。誠一は手の下しようもないと言いたげに、学校のほうをのび上がって見ているだけだった。私はもう胸の中に湧いてくる思いを抑え切れなくなって、

「早くいかんかっ。おくれるぞ」

とどなった。

カヤノはびくっとした。そして兄のさし出す手に見向きもせず、ランドセルを背におどらせて駆け出して行った。

めでたい門出に、あんな荒い声を出さなけりゃよかったと悔いはしたものの、私はそのとき、そうどなるよりほかに堪える途はなかったのだ。