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このこをのこして
この子を残して
永井 隆
「この子を殘して」大日本雄辯会講談社、1948(昭和23)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 102,102 字 · 203 页
老人だった、ということのほかには何もわかっていない。生きているうちには社会的にちっとも有名でなかったにちがいない。そんなおじいさんが人間最上の光栄たる聖人の位にあげられ、世界中の善意の人びとから記念のお祭りをされているのはなぜだろう!
――秀吉が日本中のキリシタン総死刑の命令を出したのが慶長元年十二月八日だった。十二月八日という日は日本にとって忘れられぬ日だね。どちらも世界の文明国と絶交して、小さな殻の中へ閉じこもった日だ。
さあ、キリシタンは皆殉教の覚悟を決めた。そのころのキリシタンには有力な文化人が多かった。石田三成、小西行長、高山右近など。この人たちはキリスト教徒だったから、後世の歴史家から悪口を言われているが、その当時はなかなか人望のある人格者だったんだね。京阪地方の商人にもキリシタンは多かった。この人びとは社会的にすぐれた地位にあっただけでなく、信者としても熱心で、教会の事業に力を尽くし、貧民救済などには進んで私財を傾け、布教の中心ともなっていた。死刑のうわさを聞くと、すぐそれぞれ殺される準備にとりかかった。遺産を分けるとか、家来に暇をとらせるとか、身のまわりを片づけ、辞世の歌をつくるとか、いつ上使を受けてもいいように晴れの白装束に身を飾るとか、大騒ぎだった。