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さるすべり

さるすべり

山本 周五郎

「富士」大日本雄辯會講談社、1943(昭和18)年7月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,095 字 · 24 页

青空文庫

四

そう結んであった、「奈保」というやさしい署名をみながら、治部介はそう書いている妻の心が思いやられた。「そうか、北目へ来ているのか」戦場の位置によっては、炊飯とか洗濯とか修理物とか、または傷兵の世話などをするために婦人たちの出ることがよくある、妻もおそらくそういう役目で行李といっしょに来たのであろう、そして三十日ほど北目城に滞在するという、「おめもじの折などあるまじくと存じまいらせそろ」と書いたのは、万一にも会えたらという気持を自分で否ときめつけているようで微笑ましかった。「二年あまり会わぬからな」そう呟きながら、治部介はしずかに手紙を巻きおさめた。

四

残暑のひどい日が続いた。兵たちは元気で、相撲をとったり槍や太刀の稽古をして日を暮した、城壁は攻めるとき崩れたのを修復しかかっているところだったが、治部介は中止したままにして置き、ただ石材や木組などを要所要所へまとめさせた。

ある日、天守の見張り番から城下のようすがおかしいと知らせて来た、治部介はすぐいってみた。城は台地の上にあるので、天守からみると城下町は一望だった、七月二十五日の合戦で大半は焼けていたが、伊達軍がはいっておちついたと聞くと、逃げた町民たちは少しずつ帰って来はじめ、もう焼け跡に家を建てだしたものもかなりあった、「どうした」