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しじみがし
しじみ河岸
山本 周五郎
「オール読物」文藝春秋新社、1954(昭和29)年10月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 25,438 字 · 51 页
塩からくて、臭みのある水だった。――三度めに沈めると、相手の躯からすぐに力がぬけた。そこで律之助は浮きあがったが、脱力した相手の躯が重たくて、水面へ出るのに骨が折れた。
浮きあがってみると、両岸に繋いである船から、四五人の者がこっちを見て、なにか口ぐちに叫んでいた。岸の上にも立停っている者がいた。
「綱はないか」と彼は叫んだ、「こいつ溺れているんだ、綱を投げてくれ」
「いま舟が来ます」とすぐそこに繋いだ荷足船の上から、船頭らしい男が云った。
櫓の音がするので、振返ると、ちょき舟が一艘こっちへ近づいて来た。向う岸から漕ぎだしたらしい、鉢巻をした半纒着の若者が、雨に濡れながら巧みに櫓を押している。――律之助は男の躯を支えながら、自分の腰が軽いので、刀をなくしたなと思った。しかし、水の中だから軽く感じたのであろう、両刀ともちゃんと腰にあるのがすぐにわかった。
「気を喪ってるだけだ」舟が来ると、律之助が云った、「ちょっと手を貸してくれ」
「へえ、あっしがあげます」と若者は跼んで両手を伸ばした、「旦那、大丈夫ですか」
「おれは大丈夫だ――いいか」
「よいしょ」若者は男を舟の上へ引きあげた。