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しじみがし

しじみ河岸

山本 周五郎

「オール読物」文藝春秋新社、1954(昭和29)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 25,438 字 · 51 页

青空文庫

「ええまあ」と源兵衛はあいまいにうす笑いをし、それから急になにかをうち消すような調子で、「しかし旦那は渋うがすからな」といった。

律之助は直次郎の言葉を思いだした。源兵衛が「旦那は渋いから」といった。その「旦那」が記憶をよび起こしたらしい。

――わからんな。

若旦那だ、と律之助は思った。

「ええと」と彼はいった、「相模屋には息子が二人いた筈だな」

「相模屋さんにですか、いいえ」

「二人じゃあない」と彼はまたいった、「するとあれはひとり息子か」

「清太郎さんですか」

「うん」と律之助はいった、「私はてっきり二人いるんだと思った」

源兵衛は黙った。律之助は源兵衛を見た。源兵衛は黙っていた。律之助の胸はどきどきした。彼は「面倒をかけたな」といって、差配の家を出た。彼の頭は回転し始めた、さっきなにかがはじけたように感じたが、それからしだいに思考がまとまってゆき、中心がはっきりうかびあがって、それを軸にくるくると回転し始めたようであった。

彼は平野町の番所へ寄った。そして、番太の一人を外へ呼びだした。

「おまえに頼みがある」と律之助は囁いた、「明日相模屋の清太郎をお手当にするから、逃げないように見張っていてくれ」