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あじさい
たそがれの人間 佐藤春夫怪異小品集
佐藤 春夫
佐藤春夫『たそがれの人間 佐藤春夫怪異小品集』。同一底本的分册已合并为一书。收入:あじさい、幽香嬰女伝、化物屋敷、緑衣の少女、私の父が狸と格闘をした話、幽明、柱時計に噛まれた話。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 41,277 字 · 84 页
そうして後日、この短命な子をその母に語る時には心やさしく細心な用意でわたくしをかえり見ながら
「かわいらしいいい子でしたね」
と云ったものであった。産婦はこの子を一目も見なかったのである。産婦に見せるひまもなくこの子は死んだから、医者は死産として産婦に報告していたので、家内も簡単にそう思っていた。
その後何時間生きたかは問うても見なかったが、わたくしが死産としてあきらめた死ぬために生れ出たこの不幸な女児は、その子の祖父、わたくしの父の心づかいでわたくしたちの知らぬうちにわたくしの父祖の地で弔い葬られて幽香嬰女の戒名を与えられた。その悲惨な短命は老父に報告すべき筋合いでもなかったし、筆不精なわたくしは詳しい通知もしなかったのに、季節が偶々早春梅花の候であったためであろう。不完全な鼻を具えて生れたこの子は、その戒名によって完全な嗅覚の機能を与えられたのもまた奇である。
わたくしは幽香嬰女のほんのちょっと生きていた時の面影をその後も久しく忘れることがなく、二十余年後の今日も、時々ベッドの上に蛍光燈に照し出されている家内の寝顔を見る毎に必ず幽香嬰女に似ていると思うのであった。