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へちまのき

へちまの木

山本 周五郎

「小説新潮」新潮社、1966(昭和41)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 29,120 字 · 58 页

青空文庫

――ゆうべはどこで泊ったんだろう、と房二郎は思いあぐねていた。あの女は誰だったんだろう、沢茂で木内と別れたとすると、なか(新吉原)はもちろん知らねえし、女と寝るような場所へは近よったこともねえんだからな。

女中のおかつが昼めしを告げに来たとき、房二郎は「よかったらおまえさんが喰べてくれ」おれはなんにも欲しくはないと云った。絵描きの常さんも彫り師の源さんも、そして摺師の松やんも木内桜谷まで、みんな弁当持ちでかよって来るが、房二郎だけは近所の弁当屋から昼めしを取っていた。ほんとかね、と女中のおかつは赤くなって吃りながら聞き返し、本当に喰べていいと知ると、顔じゅう崩して嬉しそうに微笑し、ありがとうと、吃り吃りおじぎをした。

「このうちじゃあろくな物は食わせないんだ」と木内が云った、「一年じゅう麦めしに漬物、十五日と晦日に味噌汁が一杯、そのときは汁の中のみを皿に取ったのがおかずで、ほかには漬物も喰べさせねえそうだ」

「夫婦も同じなのかね」

「女狐のその日の機嫌によるそうだ」

「嘘のような話だな」と云って房二郎は首を振った、「その記事、手伝おうか」

「むりだな」木内は弁当の包みを開きながら云った、「まおとこの現場を押えた亭主が、女房と男を庖丁で斬ったという話だからな、気分が直ったら写し物を続けてればいいよ」