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へちまのき
へちまの木
山本 周五郎
「小説新潮」新潮社、1966(昭和41)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 29,120 字 · 58 页
「ねえこたあねえさ、小旗本へ婿にいった叔父が本所にいるよ」と房二郎が云った、「本所の相生町で、土屋っていうんだがね」
「その人に頼んで、桜田小路へ帰るんだな、それがいちばんだよ」
「そんなとこへ腰掛けちゃあだめだ、木内さんのうちはもうすぐそこだぜ」
木内桜谷は道傍の古材木に腰を掛け、低く垂れた頭を、ぐらぐらと力なく左右に振りながら云った、「おらあうちへは帰れねえんだ」
「ばかなことを云いなさんな」
「今日、私はちょび髭の前で四つん這いになった、池さんはさぞ軽蔑したこったろう、人間の屑、卑しい野郎だと思ったことだろう」
房二郎はなにも云わなかった。
「けれどもな、池さん」と木内は頭を垂れたまま続けて云った、「あのときもし、ちょび髭にちんちんをしろと云われたら、おらあ犬のようにちんちんでもお廻りでもするつもりだったんだ」
「どういうことだい、それは」
「女房を呼んだんだ」と木内は云った、「西川のやつが来月から手当を増して呉れるというんで、箱根から女房を呼んだんだ」
房二郎は腕組みをした。寒い夜風が吹きわたり、腰掛けている木内桜谷の着物の裾が捲れて、痩せた細い脛のあらわになるのが、暗がりの中で、さむざむと見えた。