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めおとちょう

めおと蝶

山本 周五郎

「講談倶楽部 春の臨時増刊号」大日本雄弁会講談社、1950(昭和25)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 23,977 字 · 47 页

青空文庫

非常に怕ろしい物を見たように、信乃はそれを机の上へ投げだした。それからまたすぐにそれを机の向うへ、元のように落とした。ちょうどそのとき、廊下を走るようにして、あわただしく良平が戻って来た。危うい一瞬であった。信乃が箒を持つのと殆ど同時に、良平がはいって来て部屋の中を見まわした。

「ここに書いた物が無かったか」

彼は鋭い眼でこちらを見た。信乃は自分でもびっくりするほどおちついて、

「なにかお忘れ物でございますか」

こう云いながら静かにまわりを眺めやった。良平は慌てたようすで机のそばへゆき、抽出をあけたり、書類棚をかき捜したりしたが、やがて机のうしろにあるのをみつけ、それを取って、ほっとしたようにふところへ入れた。

「今夜は城で泊る」

良平はこう云って、さらになにか云おうとしたが、頭を振っていそいで出ていった。

昼の食事も信乃は喉をとおらなかった。あれから妹は例によって、四、五日に一度くらいの割で来るが、知也のことはまったく口にしなかった。むろんこっちからきくわけにはいかない、まだ牢舎にいるのか、それとも出たのか、どんな罪でそうなったのか、なにもわからなかった。