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やぶからし
やぶからし
山本 周五郎
「週刊朝日増刊」朝日新聞社、1959(昭和34)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,476 字 · 44 页
母の千波も和歌の達者だったそうであるが、わたくしの四歳のときどちらも病死したとのことで、お二人の顔かたちさえ記憶に残ってはいない。子供はわたくし一人だったから、杉守の家はそれで絶え、わたくしは母かたの遠縁に当る常盤家へ引取られたのであった。
――これはわたくしの家ではない。
九歳の年の秋ごろから、わたくしはそんなことを考えるようになった。この父母も兄や姉たちも、みんな他人なのだ。
――本当の父母はよそにいる。
自分の本当の家もどこかよそにある。そんなふうに思いだしたのは、自分の身の上を知るまえのことで、決して自分だけが継子あつかいにされたとか、冷淡にされたとかいうわけではない。むしろわたくしは大切にされたほうだとも思うくらいだ。ではどうしてそんなことを考えたのだろうか。おそらくわたくしの性分のためであろうが、常盤家のきびしい家風と、家族のあいだのふしぎなひややかさも、原因の一つになっていたように思う。
常盤家は三百石ばかりの大御番で、夫妻のあいだに一男二女があり、下の娘がわたくしより七つも年上であった。育ててもらった家のことを悪く云うように聞えては困るし、またその必要もないから、詳しいことは省略するが、薙町にあるその家は、いつもひっそりとして、氷室のように湿っぽく、暗く、そして冷たかった。