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やぶからし
やぶからし
山本 周五郎
「週刊朝日増刊」朝日新聞社、1959(昭和34)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,476 字 · 44 页
二
自分が殺されるのではないかと思い、全身の力であの方を突きのけながらとび起きて、畳の上へ逃げ、ふるえながら、乱れた衿や裾をかき合せた。
「どうしたんだ」とあの方は云った、「どうして逃げるんだ」
わたくしは喘ぎながら黙っていた。
二
激しく喘ぎながら、わたくしは黙ってあの方をみつめた。あの方のはだかった胸の、どす黒いようなぶきみな肌に、肋骨が段をなしてい、まん中に一とかたまり毛が生えていた。
「どうする気だ」とあの方は凄いような声で云った、「おまえは嫁に来たんだぞ」
わたくしは両手で衿をひき緊めた。
そのとき、あの方の相貌が変った。眼が異様な光りを帯び、顔ぜんたいが細く、長くなるようにみえた。わたくしは眼をつむった。あの方がとびかかるまえに眼をつむり、激しく頬を打たれながら、じっと眼をつむったままでいた。
「高慢なつらをするな」とひそめた声で叫びながら、あの方は平手でわたくしの頬を打った、「――この上品ぶったつらが、おれをなんだと思ってるんだ、なんだと思ってるんだ、来い、きさまはおれの女房なんだぞ」
あの方は手の平で打ち、手の甲で打った。そのたびに、わたくしの顔は左へ右へと揺れたけれど、痛いとは少しも思わなかった。