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やぶからし
やぶからし
山本 周五郎
「週刊朝日増刊」朝日新聞社、1959(昭和34)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,476 字 · 44 页
わたくしはそう思った。常盤家を出るとき、餞別に貰った金が三両あった。そこでわたくしは自分の婚礼の衣装を取出して包み、そっと家をぬけだして質屋へいった。薙町にいたとき聞いた知恵で、松井町の杵屋という店を訪ね、どうやら三両という金を借りることができた。
翌日の午すぎ、久しぶりに鼓の手直しをしてもらうからと、おかあさまに断わって家を出、まわり道をして八幡社の丘の茶店へいった。
わたくしがはいってゆくと、その店の主婦らしい人が、お待ち合せですかと訊き、こちらへどうぞ、と自分で案内してくれた。あの方はいちばん端にある八帖の座敷で、酒肴の並んだ膳を前に、独りで飲んでいた。わたくしははなれて坐り、紙に包んだ約束の金を、膝の上に置いた。
「一つどうだ」とあの方が云った、「十年ぶりだぜ、一つくらいつきあってもいいだろう」
「それより申上げたいことがございます」とわたくしは云った、「ここに仰しゃっただけの物を持って来ました、これはお渡し致しますから、どうかこの土地にいらっしゃらないで下さいまし」
「それはむずかしいな、そいつはむずかしいよ」とあの方は飲みながら云った、「ずいぶんほうぼう食い詰めて、ようやく生れ故郷へ帰って来たんだが、ここでもちょっと揉め事を起こしちまってね、うん、ふしぎとおれのゆくさきざきで揉め事が起こるんだ、