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さんねんめ

三年目

山本 周五郎

「雄弁」大日本雄辯會講談社、1941(昭和16)年7月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,214 字 · 22 页

青空文庫

一の一

一の一

「……どなたです」

そう云って覗いた顔を見て友吉はまごついた。家を間違えたのかと思って慌てて左右を見回したが、間違えるはずはなかった。

「ここに角太郎という職人がいたはずなんですが、引越しでもしたんでしょうか」

「さあ……角太郎さんねえ」

四十がらみの実体な男だった。「……聞いたことのねえ名だが、お豊……おめえ角太郎さんてえ人を知ってるか」

「そんな人は知らないねえ」

障子の向うで面倒くさそうな声がした。

「私どもはこの三月に移ってきたんだが、そのまえには吉兵衛という同業の担ぎ呉服がいましてね、その男は一年ばかりここにいましたよ」

「そうですか。……そりゃあどうも、とんだお邪魔を致しました」

友吉はとぼんとした気持で路地を出た。

旅合羽に草鞋ばきで番傘をさしている。そのちぐはぐな恰好をそっくり写したような気持だった。……箱根を越すときからぶっ続けの雨は、江戸ではもう半月以上になるという、七月二十日だというのに袷を着てもいいほどの冷えかたであった。

「どうしたんだ、角のやつ」

京橋八丁堀の裏街、暮れかかる道の上は足の甲を越すほど雨水が溜まっていた。

「いくら信りをしねえ約束だって、引越し先くれえ知らせてよこさねえ法があるか、……どこへ越しやがったんだろう」