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さんねんめ

三年目

山本 周五郎

「雄弁」大日本雄辯會講談社、1941(昭和16)年7月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,214 字 · 22 页

青空文庫

三の二

ざぶざぶと水音が近づいて来る。

「……お菊、……お菊、……」

と呼ぶ声が聞える。

友吉は徳利を投出して、片手を左の袂へ入れながら片膝を立てた。……格子があいて、水音をさせながら誰か土間へ入って来た。

「お菊、……どうした、いねえのか」

「いるから上って来い」友吉が叫んだ。

「誰だ、船定の吉さんか」

そう云いながら上って来たのは、濡鼠のようになった角太郎であった。……彼は人違いをしたようすで、

「吉さん、落着いてちゃあいけねえ、舟はそこまで曳いて来てあるんだ、お菊は……」

云いかけて、ぷっ、と口を噤んだが、角太郎は聞えるほど息をひきながら、

「あっ、おめえ兄哥、……兄哥か」

「おれだ、友吉だよ」

「い、いつ、いつ帰って来た」

「そんなこたあどっちでもいいや、おいらの顔を見たからにゃ、……てめえ覚悟はいいだろうな」

「兄哥!」

「うるせえ、てめえのような畜生に兄哥と呼ばれる覚えはねえ」

「待った、待ってくれ兄哥、おめえまさかお菊さんを」

云いかけて、角太郎は脱兎のように二階へ駈登った。

三の二

風呂敷包みにした荷物が三つ四つ、行燈の光に侘しく照らされている、ひと間っきりの二階には求める女の姿はなかった。