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さんねんめ

三年目

山本 周五郎

「雄弁」大日本雄辯會講談社、1941(昭和16)年7月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,214 字 · 22 页

青空文庫

「お菊さん」

呻くように叫ぶ、うしろから、追ってあがった友吉がだっと躰当りをくれた。

「あっ、兄哥……待ってくれ」

「音をあげるな」

「話が、話があるんだ」

角太郎は友吉より力があった。

「話せば分ってもらえるんだ、こうするより他にしようがなかったんだ、待ってくれ」

「まだ云ゃあがるか、畜生」

ともすれば反対に、捻伏せられそうになる、友吉はぎらっと匕首を抜いた。

「あっ、危ねえ」

角太郎は跳退く拍子に、包みへ足を掛けてだっと仰さまに倒れる、友吉はそいつへ躰ごと組付いた。……角太郎は死力を出して友吉の右手を掴み、匕首を自分の躰の下へ押込んだ。そしてほとんど畳を噛むようにして、

「兄哥……おめえ」

と哀しげに叫んだ、「おめえ……三年まえ、鮫洲でおいらの云ったことを、忘れたのか」

「今さらなにを云ゃあがる」

「あのときの約束を忘れたのか兄哥、おらあ覚えてるぜ、おめえは忘れたかも知れねえが、云ったおらあ覚えてるぜ」

振仰いだ眼からは、涙が溢れていた。

あのときの眼だった。……あのときと同じ愚直な顔だった、頓智も云えず洒落を聞いても分らない、愚直一方の角太郎の顔だった。……どんな弁解も信じられなくなっていた友吉だったが、その眼と、その言葉には思わず水を浴びたようにはっとした。