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かずえはいそがしい

主計は忙しい

山本 周五郎

「奇譚」1940(昭和15)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,315 字 · 37 页

青空文庫

――とにかくまず御紹介するとして、赤坂氷川下まで来て頂きたい、そこに原田市郎左衛門の大きな町道場がある、門の前に下男が二人いて、しきりに掃いたり水を撒いたりしているが、なにかみつけたとみえ、一人が高箒を控えて笑いながらこう云った。

「おいみな、また韋駄天が飛んで来るぜ」

「いやはやどうも」片方も苦笑する、「――足もとから土煙りが立ってる、どうしてまああんなに忙しいのだろう」

「避けろ避けろ、轢き殺されるぞ」

向うから走って来る者がある。色の白いやや肥った躯で背丈は五尺八九寸、かたちのいい眉にきゅっとひき緊った唇、ちょっと下三白だが品のいい眼で、なかなかぬきんでた風格である。――これが御紹介する牧野主計だ、父は永井上総守直陳の家臣で、九百五十石の江戸やしき勘定奉行、彼はその二男で年は二十五になる。三年まえから原田道場の師範代をつとめ、同時に会計も事務もひきうけていた。それは師範の市郎左衛門が病気がちなのに、折江という娘が一人しかなく、それらの事を托す者がなかったからである。……で、彼は走って来た。正に下男どもの云う如く足もとから土煙りを立てて、だがこれは今朝に限ったことではなく、いつもこのとおりだから御承知が願いたい。