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こじきがくせい

乞食学生

太宰 治

「若草」1940(昭和15)年7~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 33,682 字 · 68 页

青空文庫

私は、異様な恐怖に襲われた。この目前の少年を、まるっきりの狂人ではないかと疑ったのである。

「君は、まさか、」と言いかけて、どもってしまった。あまりにも失礼な、恐しい質問なので、言いかけた当の私が、べそをかいた。

「きのう迄は、あったんだよ。要らなくなったから、売っちゃった。シャツなら、あるさ。」と無邪気な口調で言って、足もとの草原から、かなり上等らしい駱駝色のアンダアシャツを拾い上げ、「はだかで、ここまで来られるものか。僕の下宿は本郷だよ。ばかだね、君は。」

「はだしで来たわけじゃ、ないだろうね。」私は尚も、しつこく狐疑した。甚だ不安なのである。

「ああ、陸の上は不便だ。」少年はアンダアシャツを頭からかぶって着おわり、「バイロンは、水泳している間だけは、自分の跛を意識しなくてよかったんだ。だから水の中に居ることを好んだのさ。本当に、本当に、水の中では靴も要らない。上衣も要らない。貴賤貧富の別が無いんだ。」と声に気取った抑揚をつけて言った。

「君はバイロンかい。」私は努めて興醒めの言葉を選んで言った。少年の相変らずの思わせぶりが、次第に鼻持ちならなく感ぜられて来たのである。