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ふたつのみち

二つの途

豊島 与志雄

「新小説」1920(大正9)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 51,102 字 · 104 页

青空文庫

「え?」

「今晩は家に帰って下さい。」

「え! なぜ?」

「今晩は帰って下さい。」と啓介はくり返した。

「なぜそんなことを云うのです? 私はもうあの女のことは何とも思ってはいません。蒼い顔をして看病疲れしている所を見ると、私達の方が悪かったような気さえするんですもの。私に考えもあります。安心していなさい。あなたのために悪いようにはしません。」

「いえ、そんなことではありません。」

「ではどうなんです? 私も一晩位はついていてあげます。あなたが病気になってから初めて来たのではありませんか。幾晩でも起きていてあげます。何でも云う通りに用をしてあげます。あなたが眠ったら、眼がさめないように静にしています。この室に居るのが気懸りなら、向うの室に行っています。一晩位起きていても何でもありません。看護婦さんもあの女も疲れてるでしょうから、私が今晩は代りましょう。家を出かける時も、今晩は泊るとお父さんに云って来ました。」

「いいえ、お母さん……。」啓介は涙の眼を瞬いた。「今日は帰って下さい。」

「何をあなたは考えてるのです? 何か気に入らないことでもあるのですか。云ってごらんなさい。