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ふたつのみち
二つの途
豊島 与志雄
「新小説」1920(大正9)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 51,102 字 · 104 页
そして一寸眉を挙げた。頓服薬はまだのんでいないかと尋ねた。まだと看護婦が答えた。彼は新たに頓服薬の処方を書き変えた。時計を出してみて、四時半少し過ぎであるのを見た。今から一時間ばかり後に夕食をやって、食後一時間半ばかりして頓服薬をやるように命じた。そして、翌朝の尿を取って置くように命じた。
彼はやがて辞し去った。木下と雅子と河村とが玄関まで送ってきた。靴をはきながら彼は云った。
「悪い方ではありません。あれで落付くでしょう。今晩はよく眠らした方がいいですね。余り大勢より、看護婦か誰か一人起きていれば充分でしょう。」
病室に帰ると、皆はまた沈黙がちになった。木下と河村とは画室の方へ出て行った。信子は婆やと共に食事の仕度にかかった。
人が居なくなると、啓介は大きく眼を見開いて、母の顔を眺めた。
「お母さん、済みません。」と彼は云った。
「まあ何を云うのです。もう済んでしまったことだから、何も考えないで、早く癒らなければいけません。」
室内は、妙にだだ白い明るみが次第に薄暗くなりかけていた。雅子は啓介の枕頭に、ぽつねんと坐っていた。
「お母さん。」と啓介はまた云った。