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わし
和紙
東野辺 薫
「東北文學」1943(昭和18)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 35,557 字 · 70 页
「……んなら兄ちゃ、ついでに加藤鍛冶屋に寄って貰うべかや。お父さが注文してた餅わたし、はァ出来た頃だと思うでな。」
「いいとも、寄ってくるべ。」
煙にいぶされた眼をしばたたく母から、心苦しく戸まどった視線をそらした友太は、少しあわてたふうに手拭をとると外へ出た。
蒼く凍えた空に刺すばかりの星で、庭のくぼみに張った氷が草履の下に鋭くくだけた。井戸は庭から道路へ降りる坂の中途にある。足高の洗面桶に汲み上げた水からは、まだ明けるに間のある闇にすかすと、ほのぼのと白いものが立ちのぼった。
ちょうどこの頃、ユミの家の井戸からも、追いかけるように釣瓶の音が聞えてくる。毎朝のことながらつい競争の意識にかられて、一気に坂を駈け上って漉屋に入るが、電燈をひねって零下七度の寒暖計を覗くと、今更襲いかかる凍気に思わず身ぶるいが出るのだった。二肩の水を漉槽に汲み入れるにも、我れ知らず掛声がかかってくるのである。やがて前の障子がほの白くなる頃は、もう二槽目に入っているが、気温は日の出をひかえて一時更に下ってくる。時折交ぜ入れるネリの袋を絞ると、殆んど感覚のなくなっている両の手に、濃いその粘液が、執拗にぬらぬらといつまでもまつわりつくのであった。