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なつくさせんき
夏草戦記
山本 周五郎
「講談雑誌」博文館、1943(昭和18)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,107 字 · 41 页
も無いためしではない、自分の家来になるなら食禄も望むほどはとらせよう、そういって熱心に随身するようすすめた、けれどもやはり新蔵は黙っていて答えない、そこで信長はその繩を解いてやれと命じた、警護の士は命ぜられるままに新蔵のいましめを解いた、そのときである……」そこまで云いかけて、ふいに新九郎は身を起した、向うから自分の名を呼びながら来る者があるのだ、「ちょっといってくる」そう云ってかれは立っていった。
呼びに来たのは使番だった、小谷弥兵衛が用事だという、すぐに宿所へゆくと弥兵衛と吉岡小六が表に出て待っていた。「ああご苦労」と弥兵衛は新九郎の礼をさえぎりながら云った、「実は立番の者が急病でひとり欠けたのだ、気のどくだがそのほう代りに立って貰いたい」「はい承知いたしました」「ではすぐ支度をして来い」「支度はできております」「そうか、ではこれが番の銃だ」そう云って弥兵衛は火繩の付いた銃をわたし「申すまでもあるまいが立番の掟を忘れるな、銃には弾丸一発、敵の夜がけを認めたときのほかは撃ってはならない、いいか」「はい」ご苦労ともういちど云って弥兵衛は宿所へはいった、新九郎はすぐ吉岡小六に案内されて自分の持場へとでかけていった。