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なつくさせんき
夏草戦記
山本 周五郎
「講談雑誌」博文館、1943(昭和18)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,107 字 · 41 页
かれが番に立った処は、この高原の部落から大越へくだる裏道の切通しの上で、松林のあるちょっと広い台地のような場所だった。独りになると、かれは銃の火繩が見えないように脇へ隠し、細い松の四五本かたまっているところを選んで立番についた。まだそう更けてはいない筈なのに、独りになってみると高原の冷える夜気が身にせまるようにも感じられ、そのためか虫の音も心ぼそげで、なんとはなく晩秋のような気がするのだった。そういえば今日ここへ来る途上の崖道で、美しい苔竜胆の咲いているのを見た、そのときのあざやかな眼にしみるような紫が、新九郎には今もまざまざと印象にのこっている、……子供のころ山へ茸を採りにゆくとよくあれが咲いていた、そういう回想がなおさら秋のおもいをそそるのであろう、新九郎は松の幹にもたれかかって、しずかに星のまたたく空を見あげるのだった。
一刻ほども経ったであろうか、部落のほうから人の足音が聞えて来たので、かれはすぐ道のそばまで出ていった。足音はずんずん近づいて来る、かれは銃を持ち直して誰何した、部将の見まわりだとは思ったがそれが立番の役目なのだ、相手はすぐ「おれだ」